志村けんさんの追悼番組を見ていてただただ爆笑。
ドリフターズ、バカ殿、だいじょうぶだぁなどどの年代の人が見てもわかる、共感できる笑いを提供していたと思うと本当に凄いなと思いますね。

「アドリブでも志村はしっかり突っ込んでくれるから安心してボケられる。」
加藤茶さんが言っていました。
信頼関係ですね。
いや~ただただ爆笑。爆笑☆

こんにちは。
八戸市の卓球指導者沼田です。→プロフィール

日本リーグデビュー!!

社会人編第二弾。初めての日本リーグです。
私が入社する前年の後期リーグで先輩達が二部で優勝して頂いたお陰で初の日本リーグを一部のチームとして戦えることになりました。 当時の一部リーグには今もトップで戦っている東京アートや協和やシチズンの他に今は休部や廃部となってしまった日産自動車やグランプリなどが在籍していました。

初めての日本リーグは
個人成績 :シングルス0勝1敗、ダブルス2勝4敗
チーム成績:1勝6敗(7位で入れ替え戦)
という結果でした。

当時の入れ替え戦は全試合が終わり表彰式が終了した後、サブアリーナで行われていました。(現在は両チームで話し合い入れ替え戦の日程を決めています)

対戦相手はトヨタ自動車。
トップはセットオールジュースで勝利し、2番の沼田へ。相手はカットマン。カット打ちは苦手ではありませんがセットカウント0ー2となり後のない状況に。なんとかセットオールまで持っていきましたが最後は10ー12で敗れ去りました。その敗戦を引きずったままダブルスへ入った私は案の定0ー3で負けたのです。そのあとチームは4番、5番と3ー0で勝利してなんとか残留はしました。
入れ替え戦という大事な試合で2点起用して頂いたにも関わらずシングルの敗戦を引きずって次の試合に入るとは最低です。これまでも高校、大学と2点起用はありましたが完全に気持ちが落ち込んだまま試合に入ってしまったのは後にも先にもこの試合だけです。
試合後監督や先輩方にお叱りを受けて二度とこんなことはしないと誓い以後の団体戦を戦うことにしました。

業務終了後の練習は思っていたよりしんどい

これまで卓球の活動を続けていく上で部費や遠征費などを個人負担していた学生の頃とは違い社会人のチーム、日本リーグのチームになると会社が負担をしてくれます。言い方を変えれば社員の皆さんが頑張って仕事をしてもらっている一部の費用を卓球部の活動にあててくれているわけなので学生の時のような気持ちで取り組むことはできません。これは入社当時、監督や卓球部の先輩によく言われていました。

社会人になり仕事をしてお給料を頂いている以上第一優先は「仕事」になります。日鉄物流の場合は試合で成績が良くても給料が上がることはありません。
学生の本文は勉強ですがそれは先生、教授から教わるという見方をすれば「受け」になります。それに対して仕事はインプットだけでは終らず、自分でアウトプットしていかなければいけないことを考えれば「攻め」になります。
社会人の方であればそんなの当たり前だろと言われると思いますが会社に入りたて頃は仕事を覚えることでいっぱいいっぱい、次第に仕事を任せられるようになっても次はある程度責任も増えてくる。っというわけで業務終了時間になるとけっこうクタクタになっていました。ましてや残業がある時の練習はかなりしんどかったのを覚えています。それに伴い集中力を持続させ、長い時間練習することが難しくなりました。自ずと短い時間で出来ることをやろうという考えになっていきました。とは言えやはり練習ができないことに対する不安から時間がある時はひたすらボールを打ち、トレーニングを行っていました。(これがのちのちダメだったと気付く時がくるんですが・・・)
特に入社当時、主将をしていた荒木さんには規定練習後も多球練習やゲーム練習など家庭があるにも関わらず相手をして頂きとても感謝しています。今でも連絡をくれる大変お世話になった先輩です。

短い時間で効率よく成果をだす。これは卓球をしてというよりは普段の業務から学びました。会社の業務を行う上で効率よく仕事をする、そして効率よく成果をだすのはとても大切な事です。そのことを毎日意識しながら行なっていくうちに卓球の練習に対する意識も変わっていきました。

「技術で戦う」から「戦術で戦う」へ方向転換

上記に書いたように練習時間もさることながら練習時の集中力の持続もこれまでより難しくなり、これまでのように技術力を上げるためだけに練習時間を費やすだけでは試合では勝てないと感じてきました。
そう思い始めた時に日本リーグや全日本社会人選手権などに出場して上位の選手を見てみると技術力が高いことはもちろんですがそれ以上に試合の進め方や戦術の部分が自分と違うと気付きました。トップ選手の試合を見てもある一部分だけを見れば自分の方が有利だと思うところもありましたし、技術的に自分が全くできない技術を使っているわけでもありません。しかし試合の結果は全く違うわけです。
この時から今一度自分のプレースタイルを見直して「自分を知る」ことの重要性に気づいたのです。そしてこれまでは「フォアハンドの威力を上げよう。バックドライブを使えるようにしよう。」などいうような技術力を上げることに重点を置いて練習に取り組んでいましたが少しずつ攻めのパターンを増やす練習や、緩急の使い分けなど戦術的なことを第一に考えプレーするようになりました。
そしてそのタイミングでグランプリから同級生の時吉が移籍し、その後日産自動車から森田有城さんが移籍してきてこれまでとは違う考え方や自分の弱点を指摘してくれたりと個人的にもレベルアップでき、チームとしても全日本実業団で3位入賞、ファイナル4出場など大きくレベルアップしました。

「技術で戦う」ことから「戦術で戦う」ことへの方向転換。そして次第に「技術練習」より「メンタル面の強化」をすることに時間をさくようになっていきます。


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