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こんにちは。
八戸市の卓球指導者沼田です。→プロフィール

初タイトル

前回の大学編5-2の国体についての補足を少し。
埼玉国体から2年が経ちます。次なる舞台は兵庫国体です。
メンバーはアトランタ、シドニー、アテネと3度の五輪日本代表の「田﨑俊雄さん」・現日本代表男子監督の「倉嶋洋介さん」という豪華なお二人に沼田という布陣。
当時の国体は一人がシングルス2点、残りの二人がシングルス1点とダブルスで合計5点のうち3点先取したほうが勝ちという方式でした。この時のオーダーは倉嶋さんのシングルス2点と田﨑さんと沼田のダブルスというものでした。
田﨑さんはダブルスの名手としても知られており、組ませて頂いたときは「ダブルスって一人でできるんだ!!」と思ったほど田﨑さんのプレーだけで得点していました(笑)
決勝は京都府でしたが私が同級生の時吉選手(当時早稲田大学)にセットオール9本で敗れましたが残り3点を取り全国初タイトルを獲得したのです。

左から兼吉コーチ、沼田監督、倉嶋さん、田﨑さん、沼田、佐藤信彦(埼玉工業大学)

中国へ武者修行

大学で卓球を続けている中でそれなりに実力もついてきて試合でもそれなりの結果はでていたのですがトップクラスに勝つには至らず苦しい期間が続きました。大学2年から3年ぐらいにかけては自分の卓球の方向性も見失い始めトップクラスどころかこれまで負けなかった相手にも負けるようになりました。現状を打破する為に一度日本を離れ、全く違う環境に身を置いて卓球をしてみたいと思うようになり当時の沼田監督、兼吉コーチに御願いし、日本での試合をキャンセルして1ヵ月間中国に行かせて頂くことにしました。ちなみに中国へ行く前はスウェーデンで試合があり帰国して数日後に中国へ出発という過密スケジュールで尚且つその期間にインフルエンザにかかるという最悪なコンディション・・・
何はともあれ全ては自分で決めたこと。気持ちを強く持ち中国へ向かったのでした。

サフィールオープン(スウェーデン)での一コマ
卓球界のレジェンド ワルドナー選手と。

弱い日本人とは練習してくれない

さてここで中国の生活を少し紹介。
私が行ったのは上海石家荘市の正定という所です。何回も日本人を受けて入れているので日本語を話せる方もいるので特段不便することなく生活できました。
卓球の学校なので朝は9時ぐらいから夕方17時ぐらいまで規定練習で夜はフリー練習という流れです。練習は大きい体育館で行われ小学生ぐらいから高校生ぐらいの選手達で構成されています。その中には後に日本の高校に来てプレーする選手も何人かいました。高校生とはいえ甲A(超級リーグの下のリーグ)に所属している選手もいて負け越しの毎日でした。こうなると大変なのが中国の選手たちの私と練習するときのモチベーションです。彼らは強い選手と練習したいので日本から来た弱い選手の相手などしたくないのです。コーチから指名されて仕方なく練習している感じ。中国語で何やら暴言を吐いているような様子も。この感覚は日本では感じたことのないものでした。日本の選手達は一生懸命練習してくれますから・・・

実力のなさを痛感すると同時に情けないという感情が沸き上がりました。それでも夜のフリー練習に参加しているうちに少しずつ選手も私に興味を持ってくれるようになり、話しかけてきてくれたり、一緒に練習してくれるようになりました。中には家にも呼んでくれる選手もいて、その選手は後に青森山田高校に進学することになりました。

トレーニングの多さに驚き!!

練習をする中で一番驚いたのはトレーニング量の多さです。一回のトレーニングの時間はそれほど長くはありませんがけっこうな頻度で行います。午前中の練習が終われば必ずランニングがあるし午後の練習が終わればサーキットトレーニング、とどめはウエイトトレーニング・・・あまりトレーニングが好きではない私はそこだけが一番きついかったことでした。

中国の選手たちはフォアに粘着性の中国ラバーを貼っていますのでそれを使いこなす為にはやはりパワーがないといけないというわけです。選手達もそれを自覚しているので練習とトレーニングとを区別するのではなくトレーニングも練習の一つという感覚で取り組んでいるようです。

中国の選手達は上半身脱いで練習、トレーニングすることが多いので私も中国意識。

ちなみにこの写真の彼は右腕がない隻腕プレーヤーですが物凄いパワーを持っており特にフォアドライブは一級品でした。彼からは同じ左利きということでたくさんのことを教えてもらいました。


本場中国で練習できたことにより自分の甘さを知ることもでき、技術的なことも学べましたが何より卓球脳(戦術や考え方)を鍛えることができたことが一番の収穫となりました。まだまだ自分の卓球の可能性を感じることもできたし、異国の文化に触れ視野も広くなって人間的に成長できたと実感した中国遠征でした。


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